韓国の新政府は、規制を緩和することで自由競争を促進し、その結果として通信料金や通話料金を引き下げ、家計のコスト負担を軽くするという公約を打ち出している。そのために、MVNO(Mobile Virtual Network Operator)の導入やUSIMのロック解除、セット販売の規制緩和などで市場競争を極大化させ、値下げ競争も勃発させるという方針だ。競争を活発化させるのはいいが、これが逆に大手1社の独占状態を作ってしまう可能性も大きいのである。
セット販売の規制が緩和されたことで、ブロードバンド通信、固定電話、IPテレビなど他の通信サービスとセットで使うユーザーの月額料金を割り引くことが可能になった。これを受けて、携帯電話のシェア1位のSKテレコムは、ブロードバンドISPで2位のハナロテレコムを買収し、ブロードバンドとIPテレビ、IP電話、携帯電話を一つにセット化した料金制度を開始する見込みだ。ブロードバンド1位のKTの子会社でありながらもこれまで別運営だった携帯電話のシェアで2位のKTFは、KTと合併して本格的に携帯電話とブロードバンドを合わせたサービスを提供したいと発表した。3位のLGテレコムもグループ会社が光ファイバーとIP電話、IPテレビを提供しているので、携帯電話と連携した料金制度を提供しようとしている。
しかしブロードバンド市場で圧倒的なシェアと資金力を持つKTが携帯電話市場をも牛耳るようになれば、料金を一方的に安くしてシェアを独占できる。しかもKTは衛星放送や映画制作会社も傘下に抱えているので付加価値を付けやすい。このままではKTが携帯電話でもシェアを独占するのは時間の問題かもしれないと言われている。独占までは料金を安くして、良いサービスも提供するが、一旦競争相手を潰してしまえば、その後はやりたい放題になるのではないか。杞憂かもしれないがそう考えると怖くなってしまう。
通信料金が安くならない理由の一つに、大手の通信キャリアが通信料を勝手に決められないという制度的問題がある。例えばSKテレコムの場合、シェアが50%を超えているため料金を自由に決められず、政府が認可する料金でサービスを提供しなければならない。これはシェアの少ない事業者を保護し、市場支配力を最小限にとどめさせるためだ。この制度によりKTも有線のブロードバンド料金を勝手に値下げできない状況にある。SKテレコムは「料金を安くしたくてもできないようにしていたくせに、今となってもっと安くしろ、もっと削れと言うことは、会社の利益は考えるなということか」と不満を漏らしている。事業者が自由に料金を決められるようにすれば、競争に応じて通信費は安くなる。この規制をなくす方が、セット販売の規制を緩和するよりも先ではないだろうか。
通信費を安くできないもう一つの理由は補助金にある。2008年3月から「端末補助金規制」が廃止され、通信キャリアは顧客に対して端末を安く提供できるようになる。補助金とは、顧客が新規加入や機種変更で端末を購入する際に、通信キャリアが一定金額を補助して、顧客が安く端末を購入できるようにする制度だ。今まで韓国の携帯電話端末が、日本円に換算して8万~9万円もするのは、この補助金が規制されていたためだと言われている。
通信キャリアにとっては補助金を自由に使えるようになったからといって、そんなに嬉しくはない。去年は限定的に3Gの加入者に対しては端末補助金を支給できたので、3G端末を購入するユーザーには格安端末(1ウォン携帯や無料携帯)を支給していた。しかし、身を削る競争の末、マーケティング費用を使いすぎて営業利益が予想を下回った通信キャリアも登場した。
今年3月からは、3Gと2Gの購入者に端末補助金を自由に出せるようになる。そうは言っても、もうその余力はないと各通信キャリアはしり込みしていたのだが、シェア2位のKTFがついに先頭に立って3G端末を2年間の月賦払いで購入すると半額になるという端末補助金支給を開始した。長く加入してもらうことで、補助金を出したとしても利用料で利益を十分出せるという考えで始めたことは想像に難くない。逆に言えば、通信費を安くしてしまうと自分の首を絞めてしまうので、それはできないというわけだ。ちなみに、残りの通信キャリア2社は、補助金制度がまだ解禁されてもいないのにこんなことをされては困る、公正取引違反だ、と反発している。
韓国の通信キャリアはよく期限限定の料金プランを発表したり、とんでもなく安い料金プランを発表したりしてはすぐにそのプランをやめてしまう。制度問題もそうだが、通信費などを安くするために、先を見すえて企画を打ち立てていないことの表れだろう。
代表的なのが「カップル料金」。2台の携帯電話を同時に加入して「カップルプラン」にすると、基本料金だけで2台の携帯電話間の通話は無料とSMSの送信が無料かつ無制限というものだった。このプランで、通信キャリアの予測を大きく上回る通話トラフィックが発生し、結局1年ほどでプランをやめてしまったになった。その後も懲りずに2台間の通話が100分間無料、SMSの送信は無制限に無料で利用可能、毎月の映画予約チケット(自由に映画を選択できる)を2枚贈呈といった面白い企画を打ち出しては、予想外に加入者が多くなり、営業利益が落ちる可能性があるのでプランを一方的に打ち切ったりしている。
長い目で見て料金プランを企画すれば加入者にとってはより安く、企業にとっても利益をあげられる構造になると思うのだが、今回の値下げ騒動を見ると政府も通信キャリアも鼻の先しか見ないで大騒ぎしているように見えてしまう。企業も得して加入者も得する携帯電話料金値下げになってくれるといいのだが、まだまだ道は険しいようだ。
(趙 章恩=ITジャーナリスト)
日経パソコン
2008年2月6日
-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/NPC/20080205/293131/