韓国ネットカフェの80%が廃業危機に瀕する事態に

 IT韓国の象徴でもあり、自動車産業よりも大きいといわれるオンラインゲーム業界。それを支えていた全国2万店以上あるPCバン(ネットカフェ)の80%が廃業の危機に陥った。建設交通省が発表した「PCバン関連建築法施行令改定案」によって、4車線以上の大通りに面するPCバンだけが営業できることになったからだ。


 この改定案では、150平米未満でなければならなかった住居地域内にあるPCバンの店舗面積を2倍の300平米にする代わりに、幅が12メートル以上ある道路(4車線道路)に面しているPCバンだけが事業登録できるという条項が新設された。4車線に面していないPCバンが全体の80%に相当するため、約1万6000店が廃業を余儀なくされる運命にあるというわけだ。2008年5月からこの法律が適用される。中小都市はもちろん、田舎の町村や島にはそもそも4車線もの大通りがないことが多いので、そうしたところではPCバンの姿は見られなくなる。


 なぜこんなことになったのだろうか。


 韓国のPCバンのほとんどは住宅地にある30席未満の小規模な店舗で、母親の監視を逃れて「とことんオンラインゲームをしてやる!」という小中高校生がよく利用する場所である。PCバンでメールを確認したり会社の仕事をこなしたりする人はあまり見かけない。というのも、ノートパソコンと無線LANが普及したことや、全国の郵便局や市役所、区民センター、ファーストフード店にインターネットが無料で使えるパソコンが置いてあるので、ちょっとしたネット検索やメールの確認にはそれを利用すればよいからだ。


 韓国ではインターネットを利用する場所でもっとも多いのは自宅なのだが、ことオンラインゲームとなるとPCバンでゲームをする人が多くなる。というのも、自宅でオンラインゲームを利用すると月3万ウォン(約3700円)ほどの料金がかかるところ、PCバンで利用する場合はPCバンの利用料金として1時間1000~1500ウォン(約125円~185円)だけを払えばオンラインゲームをいくらでも利用できるからだ。特に、受験勉強で忙しい子供たちはちょっとした息抜きにPCバンでオンラインゲームに興じる。


 韓国では、オンラインゲームであってもネット上の見知らぬ人とゲームを楽しむのではなく、PCバンに友達が集まってわいわいと騒ぎながら遊ぶユーザーが多い。それに、オンラインゲーム会社が全国のPCバンを回ってイベントを開催することも多い。このため、「PCバン=オンラインゲームテーマパーク」のような存在だった。


 一方でPCバンについては問題点がたくさん指摘されていた。例えば、中高校生がオンラインゲームでレベルアップするためにPCバンに数日間も閉じこもってゲームをしては過労で倒れたり、日本のネットカフェのように個室のあるPCバンが登場したことで子供がどんなサイトを利用するか分からなかったりで、教育関係者からの反発が多かった。個人経営のPCバンの一部で売り上げのために未成年者の深夜利用を見て見ぬふりするところもあった。ほかにも、「PCバンというのは見せかけだけで、日本のネットカフェ難民のように貧困な若者の宿泊代わりになったり、ホームレスの休憩所みたいになっているのではないか」という指摘や、「店舗内部が暗く、電化設備がぎっしり詰まっていることから消防の面でも危険性が高く、消防車がすぐかけつけられる大通りに面した環境でないといけない」といった問題点も指摘されていた。


 そんな中に「成人用PCバン」というものが登場。法律で禁じられているパソコンを利用した換金制カジノゲームや画像チャットを使った風俗営業など、PCバンとして営業申告しておきながら、中身の全然違う商売をしていた業者が摘発された。

こうしたことから、政府も青少年保護のためにPCバンを規制しなくてはならないと考え始め、PCバンを登録制にしてより厳しくしっかり管理監督する方向へと法律を変えたのである。

 この法律改定を教育関係者は歓迎しているが、廃業に追い込まれてしうまうPCバン業界はもちろんのこと、オンラインゲーム業界、パソコン業界や不動産業界などが猛反発している。


 前述のように、オンラインゲーム業者は、PCバンがなくなれば売り上げがガタ落ちになるのは必至。韓国で販売されるハイエンドのデスクトップパソコンや大型LCDモニター、マウス、キーボードを大量に買ってくれていたPCバンが消えてしまうと、パソコンメーカーのサムスン電子やLG電子をはじめ、LCDモニター関連企業やパソコン部品企業も打撃を受けるだろう。また、PCバンがなくなると、PCバンを中心に光ケーブルを普及させていた通信会社のKTやHanaroTelecom、LGパワーコムも売り上げ予測をかなり下方修正しなければならないはず。


 ほかにも、韓国のPCバンはネットショッピングやオンラインコンテンツの決済代行を行っていたり、有料オンラインゲーム用プリペイドカードの販売をしていたりした。PCバンのカウンターがエスクロー(商品取引の仲介)の役割も果たしていた。PCバンでのカップラーメンの売り上げシェアも大きかっただけに、カップラーメンのメーカーも売り上げが下がって困るだろう。


 不動産にしてもそう。住宅街の商店街ビルには必ずといっていいほどPCバンが入店しているのだが、全国で一気に約1万6000店ものPCバンが廃業してしまうとなると、長引く不景気で空きビルが増えている中で打撃が大きすぎる。


 つらつらと並べ立てたが、この建築法改定で困るのはPCバン業界だけとは限らないわけである。


 韓国では「現場を知らない公務員の机上の空論行政」に非難が集中している。法律を改定した公務員らは、PCバンへ行ったことがあるのだろうか。青少年保護と産業保護のバランスを考えない一方的な規制や法律改定は毒にしかならない。


 こんなことを書いていて、なんだか久しぶりにPCバンに行ってみたくなった。韓国のPCバンはオープン席がメインでパソコンだけが置いてある。マンガや雑誌やフリードリンクはない。イヤホンもなくて、みんなが大音量でゲームを楽しむ。数年前のことだが、PCバンで隣のおじいちゃんが「市民記者になるには、どうしたらいい?」と聞いてきたので、オーマイニュースの会員登録方法やマウスの動かし方とキーボードの打ち方を教えてあげたこともあったな。その時初めて、マウスのカーソルを当ててダブルクリックする簡単なこともお年寄りには難しく感じるのだということに気付き、デジタルデバイドについて考えさせられた。


 ちなみに筆者がPCバンでよくやるゲームは「スタークラフト」。やっぱり人間と対戦すると、どんな手を使ってくるか見当がつかないからワクワクして面白いね。


(趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2008年2月27日 

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/NPC/20080227/294892/