今、韓国ではバンクーバーオリンピックに出場中の女子フィギュアの金妍児(キム・ヨナ)選手の華麗な滑りに釘付けだ。多くの家庭で、たくさんの人たちがテレビにかじりついていることだろう。そのテレビについて話をする。
韓国のケーブルテレビ加入率は全世帯の約85%に達する。なぜこんなに高いのかというと、韓国は難視聴地域が多く、ケーブルテレビに加入しないと地上波テレビが観られないという特殊な事情があるからだ。日本のように、テレビの線を壁にある穴に差し込むだけで鮮明に地上波テレビが楽しめる環境がうらやましい。
そういう事情で、ほとんどのマンションが管理費にケーブルテレビ視聴料を上乗せする。電気代にはKBS(NHKのような公営放送)の視聴料が含まれる。「うちはテレビ観ませんから払いません」なんてことが通用しないのだ。
ケーブルテレビは地域別独占事業であり、地上波放送受信という役目から安定した市場を維持できると思われていた。しかし、2008年11月、地上波放送のリアルタイム再送信(リアルタイム放映とも。地上波テレビで流れる画面をそのままIPTVでも観られる。韓国ではOnairといって、地上波放送局のWEBサイトからもテレビで流れている画面をCMまでそのままネットで視聴できる。もちろん無料)を含むIPTV(インターネットに接続したテレビで多チャンネル放送やビデオ・オン・デマンド配信を受信する)がケーブルテレビに取って代わりはじめた。
地上波テレビを観るためにケーブルテレビを申し込んでいた人たちが、同じ料金だったらデジタル放送が観られて、ネットと連動する検索や生活情報、ビデオ・オン・デマンド(VOD)で最新映画まで視聴できるIPTVの方がお得であるとして、今、通信事業者が提供するIPTVサービスにどんどん移行している。
韓国のケーブルテレビ会社ももちろんブロードバンド、インターネット電話とトリプルサービスを提供している。通信会社より料金は安いが、速度が安定しないのでケーブルテレビのインターネットサービス利用者はだんだん減っている。その点、通信事業者が提供するブロードバンドにIPTVを利用する方がインターネットの速度も安定するし、加えて同じ会社の複数のサービスを利用することになるのでバンドル割引として料金を割引してもらえる。
地上波放送のリアルタイム再送信を含むIPTVが登場する前までは、放送と通信の融合によって通信事業者と地上波放送局が競合相手になると思われたが、蓋を開けたら実際は、「地上波放送+α」という似たようなサービスを提供する通信事業者とケーブルテレビ会社が熾烈な競争を繰り広げているわけだ。
ケーブルテレビ会社もデジタル化を急ぎ、IPTVと変わらないサービスを提供するよう努力しているが、通信事業者の大々的なマーケティング、家族割り、長期加入割引、インターネット+無線LAN+携帯電話+インターネット電話といった通信サービスのバンドル割引で基本料が最大50%まで安くなるキャンペーンには勝てず、ケーブルテレビ加入世帯は減少するばかり。放送関連シンクタンクであるメディア未来研究所は、IPTV契約数は2009年の280万件から2014年末493万9000件へ増加、ケーブルテレビは逆に1185万8000件から2014年末には987万6000人へ減少すると予測した。その代わり、IPTVと同じようなサービスを提供できるデジタルケーブルテレビへとサービスが順調に移行すれば、デジタルケーブルテレビの契約数は2009年末の324万件から2014年末571万1000件へと伸びて、IPTVより人気を集めるとも見ている。ケーブルテレビとIPTVのコンテンツ競争により、有料放送市場自体は成長を続け、2009年末の2051万件から2014年の2341万1000件へと伸び続けるとも予測する。
視聴者に選択の幅が広がり競争は激化
韓国の地上波アナログ放送終了は2012年12月31日(日本は2011年7月24日)。IPTVかケーブルテレビに加入していれば、アナログ放送終了後もテレビを買い換えることなく地上波デジタルテレビを受信できる。地上波デジタル放送が始まれば、IPTVやケーブルテレビどちらでもネット連動コンテンツやVODサービスを利用できるようになる。そうなると利用者にとっては(1)ケーブルテレビまたはIPTVを契約し続けて有料放送として地上波デジタル放送を見るか、(2)地上波デジタル放送を無料で観る代わりデジタルテレビに買い換える、あるいはデジタルコンバーター(アナログをデジタルに変換してくれる装置)を買うか、の選択になる(図1)。韓国政府はデジタルテレビ購入補助金や無料でコンバーター配布、普及することも検討しているため、ケーブルテレビとIPTVにとっては、加入者を奪われないために、独自のコンテンツを育てられるかどうかが何よりも重要である。
図1 韓国ケーブルテレビ(CATV)会社と通信事業者のサービス状況と利用者の選択肢
ケーブルテレビはIPTVの豊富なVODに負けない面白い番組を増やそうと、地上波放送の再放送ばかりだった編成から、独自制作の番組を増やしている。一時は、視聴率稼ぎのために水着姿の女性と男性が合コンするという番組を作ったり、彼氏の浮気現場に女性が乗り込むという番組を作ったり、騒ぎを起こしてでも注目を集めようとしていた。
こういった番組の制作業者が、放送通信委員会の審議で何度も処分されたのと、それほど視聴率が稼げないことが判明してからは、地域ニュース、生活情報番組といった健全な番組をはじめ、ドラマにリアリティ番組、お笑いなど、家族向け番組を制作するようになった。
中でも絶大な人気を誇るのが、ケーブル会社の一つであるTVNの「男女生活探求」。同じシチュエーションで、男女の考え方や行動がどのように違うのかをコミカルに演じたドラマ仕立ての番組。誰が見ても共感度100%、これって私の話? とびっくりしてしまう内容ばかりである。しかも地上波放送では禁じられているパロディやスラングもケーブルテレビでは大目にみてもらえるので、さらに面白く仕上がっている。最近は「親子生活探求」、「サラリーマン生活探求」も登場した。ネットの動画投稿サイトにはこれを真似た「00生活探求」という動画があふれている。地上波放送の番組やCMでもこのフォーマットを真似るほど有名になった。
もう一つのケーブルテレビ会社、MNETの「スーパースターKを探せ」も2009年韓国をにぎわせた。文字通りスーパースターを探すオーディション番組で、米人気番組「アメリカン・アイドル」の韓国版。有名歌手やプロデューサーが審査員となって、時には参加者の歌に感動して涙を流し、時には辛らつに批判するのもアメリカン・アイドルと同じだった。全国から71万3500人が参加し、オーディション期間だけで7カ月、最終的に一人が選ばれた。
最後は視聴者投票によって脱落者が決まる仕組みを採用した。勝者一人だけでなく、脱落者の中から歌手デビューを果たした人が何人もいる。韓国の小学生の将来なりたい職業1位は「芸能人」だけあって、オーディション番組の注目度は地上波放送に負けないほど。連日オーディションの状況が新聞にフィーチャーされたほどである。ケーブルテレビ専用番組の視聴率は1%を超えれば大ヒットと言われているが、「スーパースターKを探せ」は8.2%という驚異的な数字をたたき出した。
ケーブルテレビやIPTVのコンテンツ競争は視聴者にとってうれしいことである。ネット時代といってもやっぱり面白いのは手間ひまかけて作ったテレビ番組。これからは3Dテレビやモバイルテレビの時代が来るというだけに、どんなテレビ番組が登場するのか楽しみである。
(趙 章恩=ITジャーナリスト)
日経パソコン
2010年2月25日
-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20100224/1023185/