韓国最大手の通信会社KTと、その子会社で携帯電話事業者2位のKTF(KTフリーテル)が2009年1月20日、合併を宣言した。両社の合併は以前から囁かれていたが、昨秋にKTとKTFの社長がそれぞれ納入業者からリベートを不正に受け取っていた疑いで逮捕されるという予想外の事件が起き、時期を遅らせての正式発表となった。
固定電話と有線ブロードバンド通信で最大手のKTと携帯電話キャリア2位のKTFが合併すれば、年間売上高は韓国通信市場の約46.4%にあたる19兆ウォン(約1兆2490億円、2007年基準)、総資産23兆6000億ウォン、社員数約3万9000人の巨大通信会社が誕生することになる。人口4900万人の韓国において、インターネット加入者では約51%、通信サービス全体では実に4300万人を超える加入者を抱えることになる。
■通信業界は蜂の巣をつついたような騒ぎ
国営だった韓国通信が2002年に民営化して誕生したのがKT、KTのPCS(personal communication services、日本のPHSにあたる携帯電話方式)事業部が子会社として分離したのが現在のKTFである。その有線・無線分離を進めた張本人が、1996年当時の情報通信部長官で、現在のKT社長である。
長官だった時代はKTの市場支配力を恐れて分離させておきながら、今になってまた合併を要求するとはどういうことだと突っ込まれているが、本人は「状況が変わったのだから当然判断も変わる。今は有無線統合が新しいトレンドである」と気にしていない様子だ。 KTの固定電話、ブロードバンド市場は売り上げが減少しており、KTFとの合併で携帯電話とブロードバンドのバンドル割引、固定と携帯を融合した新サービスなどを展開して乗り切ろうとしている。IPTVや韓国版モバイルWiMAXのWibro、VoIPへの投資も増やしてオールIP基盤を整え、2011年からはIPv6を適用する。2015年までにはADSLを全てFTTHに転換するという計画もある。KTは有無線ネットワークの効果的な統合で投資効率を高め、その分料金を下げるとも言っている。
放送委員会に合併を申請するKT社員
これに対して通信業界は、当然ながら蜂の巣をつついたような騒ぎで、あちこちで合併反対の声が上がっている。反対する側は、「国民の税金で敷設した通信設備を独占利用してきたKTが、そのインフラ力と資金力で携帯電話市場まで飲み込もうとしている」と訴える。巨大企業が通信市場を牛耳れば新規事業者の参入を阻害し、最終的に加入者の利益を損なうという主張だ。
しかし、KTは「親会社と子会社の合併なので何の問題もない」「原価節減や投資効率化、グローバル競争力強化など、グループとしてのシナジー効果をあげる」と、あくまで合併を貫く姿勢を見せている。
現在は、情報通信の国家政策を担当する放送通信委員会に合併認可を申請中の段階。放送通信委員会は「企業のことは市場に任せる」という基本方針で合併は問題ないとみており、当初は2009年5月に統合法人が設立される見通しだった。しかし、競合会社であるSKテレコムとLGテレコムの猛烈な反対を受けて、公正取引委員会の審議を経ることになり、もう少し時間がかかる可能性も出ている。いずれにせよ、合併は規定路線だ。
■反対急先鋒のSKテレコムも寡占企業
2008年3月に携帯電話端末の販売奨励金が解禁となった韓国では、端末割引による加入者の奪い合いが過熱し、携帯キャリアの営業利益は各社とも落ち込んでいる。このため、携帯各社は、KTFがKTの資金力でさらに奨励金を積み増して加入者を奪いにくるのではないかと神経を尖らせている。携帯電話の普及率はすでに94%に達しており、新規顧客獲得より奨励金と料金割引で奪い合うしかないからだ。
合併反対の先頭に立つ携帯電話シェア1位のSKテレコムは、社長が自ら記者会見を開くとともに、公正取引委員会にKT合併に関する意見書を提出した。「通信市場の競争構造を深刻に悪化させる恐れのある競争制限的企業の結合であり、合併は禁止されるべきだ。(条件付きではなく)合併そのものを許可してはならない」と反発している。しかし、我が身を振り返ればそこまではいえないだろう。
SKテレコムは携帯電話キャリアとして市場シェア50%を超えないことを条件に新世紀通信を買収したほか、2008年には有線ブロードバンド通信シェア2位のHanaro Telecomを買収するなど、買収戦略で規模を拡大してきた。SKテレコムとSKブロードバンド(旧Hanaro)の売上高は13兆ウォン規模(2007年基準)となり、KTに迫る。社員数は約6000人とKTの6分の1ながら、営業利益は2兆2000億ウォン(KTとKTFは合わせて1兆8000億ウォン)にのぼる。KTを市場支配的事業者と呼ぶが、携帯電話加入者シェアでは50.5%をキープしている。
SKテレコムは有線通信市場を手に入れたことで、インターネット接続、携帯電話、固定電話、VoIP、IPTV、モバイルデジタル放送(DMB)、Wibroなどのサービスをフルラインで展開できるようになった。バンドル割引で顧客の囲い込みを強化しているが、このほとんどがKTのサービスとかぶっているからこそ、猛烈に反発しているのかもしれない。
KT側からみれば、これからの時代はモバイルが中心であり、有線ブロードバンドのシェアの高さはあまり意味がなくなる。SKテレコムは携帯では加入者シェアも保有する周波数も有利な立場にあり、その点で日本のNTTグループとKDDIグループの関係とはやや異なる。
KTとSKテレコムはこれまで、互いに「市場シェアナンバーワン」を宣伝文句にしてきたが、KTの合併宣言以降は一転して、「シェア1位企業は規制されるべき」と攻撃材料に使っている。KTは合併の当事者であるだけに、売上高も市場シェアも控えめに見積もり、嵐が過ぎるのを待っているようなところもある。
■2強体制下で競争は促進されるか
今回の合併により、韓国の通信市場は有線も無線もKTとSKテレコムの2強体制になることが目に見えている。大手2社の競争を通じて、よりよいサービスが提供されるようになればいいが、下位企業や新規事業者を圧迫するだけに終わる不安も残る。李明博政権は「ビジネスフレンドリー」をキャッチフレーズに、事業者間の競争を促進させて家計の通信料金負担を20%安くするとアピールしている。規制緩和で「市場のことは市場の競争に任せる」という方針だが、果たしてそのとおりにいくだろうか。
韓国ではブロードバンドも携帯電話も、新規事業者の登場によって競争が活性化し、サービスの質が上がった。ところが、KT陣営、SK陣営、LG陣営の3社体制に集約が進むにつれ、その勢いに陰りが出てきたようにもみえる。最近は、不況を理由に新規投資計画の発表が遅れ、インフラの高度化、4G開発と商用化、IPTVの今後の発展などの投資に関して、KT以外のキャリアは口を閉ざすようになった。
KTは合併により、「コンバージョンス分野でのリーダーシップ発揮」「グローバル事業者への変身」「有線事業の効率化」「IT産業再跳躍牽引」の4つのテーマを推進するという。2011年には売上高20兆7000億ウォン達成、3万人の雇用創出を公言している。KTは国家IT戦略を構想した長官が社長に就き、IT省庁である放送通信委員会と同じ建物を使っている仲だ。合併後は自社の利益だけでなく、国の通信市場発展にも一段と貢献してくれると、信じたいものだ。
– 趙 章恩
NIKKEI NET
インターネット:連載・コラム
[2009年2月5日]